「鉄血のオルフェンズ」第1期 感想 マクギリス・ファリドという男
素晴らしかった。ものすごくよかった。
おれ、これ大好きだよ。
奥さんはクーデリア嬢は理想のリリーナ様だと言う。そう言いたい気持ちもわかるなぁと言いつつ、おれはそれ以上に、マクギリス・ファリドこそ理想のシャア・アズナブルであると思っている。
今回はそのマクギリスの話。
以下、いつも通りネタバレ全開の感想なのでご注意。
※2016年7月28日 誤字修正
25話を繰り返し見ている。いいよな、ガエリオ。見るたびどんどん好きになる。中の人の演技も素晴らしくて、ガエリオの悲しみと絶望に圧倒される。
彼がまずアインのために怒り、カルタの思いを悼み、妹の行く末を案じて、最後まで自分以外の人の痛みを思いやろうとする気高さがたまらない。彼が最期の瞬間、跪くキマリスのコクピットの中で、マクギリス機を振り仰ぐ。その時、声になってないけど、唇が「怒り?」と動いたように見えた。
「友情、愛情、信頼。そんな生ぬるい感情は、私には残念ながら届かない。怒りの中で生きていた私には」
おそらく、マクギリスのその独白に応えたものだろう。ガエリオは、その期に及んでマクギリスに問うのだ。一体何を怒るのか、と。なんとか彼を理解したいと、寄り添いたいと、ここまでされても拒絶し切り捨てようとはしないのだ。
しかし、分かるまい。
ガエリオに、マクギリスの怒りがわかるとは到底思えない。
第23話
カルタ「文字だってあっという間に読めるようになったし」
ガエリオ「パン食べるのも速いしね」
幼時にマクギリスに向けたカルタの言葉。
マクギリスほどの知性が、ファリドのお屋敷に迎えられるまで、目に一丁字もなかったということだろう?
その場に居合わせて、その意味をガエリオは分かっていたろうか。
マクギリスの回想で、セーラー服のその少年が、庭の木陰に座り込んで「THE BIRD」と題された大きな本、おそらくは鳥類の図鑑を抱えて読んでいる。
想像しないではいられない。パン一つ落ち着いて味わって食べることも出来なかった彼の描かれざる幼年時代、鳥に名前があるという発想さえなかったかもしれない。しかし、世界には鳥を名付ける文化があった。それどころか、分類し生態を研究し、手描きで羽毛の一本一本を緻密に描き出し、大部の図鑑にまとめる情熱と知性が存在していた。
彼が大切そうに抱えるその図鑑。良き自然科学の書が全てそうであるように、朗らかな喜びと精密な興奮と、そして明るい謙虚さをたたえていたのだろうと想像する。数千万年の生物の進化と分化の流れを語る、数千年の学統の連綿。
世界が、宇宙が、歴史が、自然が、その茫漠たる可能性を初めて彼に向かって自ら開き、解き明かす。遠くから大いなるものが、優雅な挨拶を送ってくる。マクギリスが字を学ぶとはそういう体験だったに違いない。
そんな世界との交感を平然と妨げて、カルタが、ガエリオが話しかけてくる。マクギリスの思索の自由を踏み荒らす権利があるとでも言わんばかりに。お前らと木登りを競って、それがなんだというのか。
「堂々としなさい。あなたに下手に出られる、これこそ屈辱だわ!」
どうして「僕みたいなのと遊ばない方がいいですよ」という言葉を、こちらが下手に出ていると受け取れるのか。自分の立場でカルタやガエリオに近づけば、当然、周囲の嫉妬や敵意を集めることになる。そういった攻撃を避けるための防衛に過ぎない。しかも、そのことを正直に言うわけにもいかない、こちちらが恐れ入って遠慮したように表現するしかないのだ。ちょっとマクギリスの身になって考えたらすぐわかることだろう。
それなのに自己卑下の言葉として受け取る。それは内心、カルタにこそマクギリスを見下す気分があるからだ。
三日月さんなら「それって対等じゃないってことだよね」とストレートに言うのだろうけど、マクギリスは、彼一流の表現でこう言う。
「君は、哀れみでも情けでもなく、私を平等に扱ってくれた」
痛烈な皮肉。
そして、もちろん、カルタはその言葉にこもった憎悪も怒りも気づくことはない。子供の夢みる「手の届かない憧れのような」おとぎ話の世界で遊ぶご令嬢だ。なんと善良で素直で無邪気なことか。
ガエリオは阿頼耶識を初めて見たとき、嘔吐する。彼にとっては、ただ生理的な嫌悪感をぶちまける、単なる好き嫌いの話でしかない。そもそも、それがなんなのかマクギリスに解説されるまで知らない。彼はガンダムフレームさえ知らない。蔵を探せばキマリスが出てくるような家の御曹司のくせに。
かつてその技術によって世界を平定したセブンスターズの末裔がその由縁を知らない、名前さえ知らない。マクギリスは知ることができた歴史だ、ガエリオがその気になれば同様の知識を得られたはずだ、しかし、彼は学ばなかった。学ぼうと思わなかったのだろう、彼は不思議に思わなかったのだ、何故、彼自身がかくも恵まれた立場であるのかを。出された食事を当然と思って疑わず食べるだけなのだ、それがどこからもたらされたのか、誰が用意したのか、どんな調理をされたのか、ガエリオは興味を持たなかった。
目の前に、マクギリスがいたのに。
食事も教育も碌に与えられない、そう、字を学ぶことさえ許されなかった同年配の少年を目の当たりにしながら、その境遇の差にガエリオは何も疑問を感じなかったのだ。
どうして、お前は与えられたものだけで満足してしまうんだ、ガエリオ。
私の言葉に少しの嘘もない。私は何も隠してはいない。ほんの少しの好奇心と疑念を持って私の言動を顧みれば、直ちに私の正体は明らかになったはずだ。なぜ、自分の頭で考えない。なぜ、私に関心を持たないのだ。
どうしてお前は私を見ようとしない。
彼の無関心が許せなかった。
「お前、パン食べるの速いんだな」
キラキラと目を輝かせて、幼いガエリオが言う。他愛ない子供の言葉、しかし、マクギリスが生涯で最初に勝ち得た「尊敬」だった。
しかし、結局見たままのものをしか見ないガエリオには分からない。どうして早食いが癖になったのか、食べられるものは横取りされる前に詰め込まなくてはならない状況など、「出されたものを残さず食べる」、誰かが配慮して安全で十分な食事を用意して出してくれるのが当たり前のこの坊やに分かるはずもない。
貧困や虐待を知られて、軽蔑されるのも憐れまれるのもごめんだ、しかし、そんな背景を知らず単純な子供らしさでただ賞賛されるのもバカバカしかった、要するに私のことなどどうでもいいと思っているんだろう、ガエリオ。
そう思ってしまえば、友情も、愛情も、信頼も、何の意味もなかった。結局、それらはすべて、ガエリオのマクギリスへの無関心を証明するものでしかないのだ。
だからマクギリスは怒っている。
彼がその中で生きてきたという怒りとは、反知性的な思考停止への怒りだとおれは想像している。聞くべきを聞かず、見るべきを見ず、学ぶべきを学ばず。考えるべきを、考えない。「誇り」だの「理想」だの、愚にもつかぬ観念に酔い、今ある自分の地位や権力にあぐらをかいて、その土台を支える構造を歴史を人々を顧みることなく、「火星人は火星に帰れ」と差別的言辞を弄して恥じない、そんな「貴族」的な青年将校こそ、まさにギャラルホルン300年の腐敗の象徴であろう。
宇宙はもっと広く、人間はもっと自由で、それ以上に知性の翼はさらに遠くへ、深くへ、羽ばたけるはずだ。その可能性を前にしたら、イズナリオ的な醜もガエリオ的な美も、等しく桎梏でしかない。その愚劣さを衆目に晒した上に、打ち破られなくてはならない。
しかし、それでも、マクギリスの身内に、ガエリオの声がこだましていたのではないかと思う。
「お前、パン食べるの速いんだな」
パンの食い方などくだらない、取るに足らない特技、でも、その賛辞こそは、マクギリスが生まれて初めて、なんの下心も無く差し出された承認だったのかもしれなかった。カルタが汚らわしい恋情から歓心を買おうとする「平等扱い」とは違った。
きっと、ガエリオだけだった。
おれは想像する。ガエリオの無知と無思慮が、だからこそ先入観に左右されずマクギリスそのものを見つめたという側面はあったかもしれない。「俺はお前のような男を初めて見た」そんな風に出自にとらわれずにアインを見たように。
そこを思えば、アインは実はマクギリスに似ている。
自分に似た若い士官を、ガエリオに預ける。おれは想像する。それはマクギリスの蜘蛛の糸だったに違いない、と。
その無知と無思慮のために、ガエリオの観察はほんの上っ面を引っ掻くだけだ。マクギリスのみならず、アイン君に対してもガエリオはそうだった。
18話でアインがクランク二尉の思い出を語るとき、明らかに、許され解放された体験の喜びを語っているのだと思った。アインが本当に求めているのは仇討ちではなく、自由に自分らしさを追求すること、そして、それが認められ励まされることなんだとハッキリしてくる。しかし、ガエリオにはわからない。むしろアインを仇打ちへと縛り付け、取り返しのつかない過去のためにアインの輝かしいはずの未来を浪費させようとする。「誇り」とかいう思考停止にとらわれて、ガエリオはアインのことを見ようとしない。
その行き着くところが、グレイズアインだ。若いのに沈毅で抑制の効いていたあのアインが、多弁で衝動的で、日時の見当さえ怪しくて25話に至ってCGSの話をしたりする、狂った怪物にされてしまった。アルコールよりも悪性の何かでひどく酔っ払っているみたいだった。その改造を受ける直前まで、アインはそれでも、自立した自由な判断をしようとしていた。シノの流星号に致命的な一撃を加えるのをためらい、ガエリオを助けるために宿願だったはずの仇討ちを後回しにしさえした。自分にとって本当に大事なものを見つけ出そうともがき続けていた、とおれは思った。しかし、ガエリオはその点を見ようとしなかった。
マクギリスがその野望のために誘導したと言えば確かにそうだ。でも、おれはマクギリスの願望は別にあったと想像している。
クランク二尉の死は、アインにとっては父親から見捨てられたような体験で、二尉のために悼むというよりむしろ「なぜ自分を遺していった」と故人を恨むような気持ちになっているのではないか、と以前書いた。それも、自分ではない他の少年を保護しようとして死ぬのだ、そのことに嫉妬と言っていい感情もあったに違いない、とも。
アインの動機が自分の想いに応えてくれなかったクランク二尉への怨恨と嫉妬から来ている、だから仇打ちの美名を装いつつ、実質的にはクランク二尉の遺志を台無しにしようとしてばかりなのだ、とおれは想像している。
さらに想像を続けるけど、マクギリスも、アインの動機をそんな風に理解していたのではないか。そこにあるのは到底ガエリオのいうような「忠誠心」などではない、と。果たして、ガエリオは自身の偏見を超えて、アインのもっと本質的な要求に気がつくことができるのか、いや気がついて欲しい、と。消せない過去にとらわれず、前へ進むところを見せて欲しい、と。それこそがマクギリスの本当の願いだったんだとおれは想像している。それがもし叶うなら、ギャラルホルンの改革とかイズナリオの失脚とかどうだっていい、というくらい。
しかし、ガエリオはアインの改造に諾う。アインのその重傷がなんのためだったか、明白な事実に目もくれず、ガエリオ個人の「ギャラルホルンの本質」とかいう美意識のことしか考えない。それもマクギリスのささやき程度で揺れ動くふわっふわしたもの、その程度のことで、ガエリオはアインをグレイズアインにしてしまう。
アインが死んだのは、その瞬間だ。拘束した流星号を前にトドメを躊躇い、復讐よりガエリオを助けることを優先した、少しずつ未来へ踏み出しかけていたアインの可能性は、ガエリオのうなずきによって殺されたのだ。おれはそう思っている。
そして、マクギリスは最後の希望を断ち切られて、血の池地獄に再び叩き落とされる。
ガエリオは最期の瞬間「怒り?」と聞き返していたのだというのがおれの想像で、つまり、マクギリスが腹割って彼に真剣に話しかけたら多分、真面目に聞いてくれただろうと思う。上述したような心理がもしマクギリスにあったとしたら、なかなか通じにくいところ多いだろうけど、それでもガエリオはきちんと受け止めようとしただろうと思う。「出されたものは残さず食べる」素直さで。
でもさ、なんでこっちが腹割って話しかけなくちゃいけねーんだよ、って思う。
話して分かるってことと、言わなくても分かってもらえることは全然違うだろ。なんで言わなきゃわからないんだ。別に隠したり嘘ついたりしていたわけじゃない。「お前への言葉に嘘はない」んだ。ほんの少しの想像力で、こちらの身になってみればすぐ分かったはずだ。
マクギリスは、ガエリオにそうして欲しかった。自分ばかりではなくガエリオの方からも、マクギリスへ近づいてきて欲しかった。対等の友人、ってそういうものだろう。
ガエリオにだけはそういう感情を抱いてしまった。
だから、ああしないではおれなかった。
「そうだ、ガエリオ。私への憎しみを怒りをぶつけてくるといい」
あんな会話を戦闘中にかわす必要はない。万一通信内容が漏れたら、あるいはガエリオが報告したら、積み上げてきたものが台無しになる。カルタに対してそうだったように、息を引きとる最後の瞬間に至ってもこちらの手札を明かす必要はない。
それがどうした。陰謀とかギャラルホルンの権力闘争とか、そんなことはどうでもいいんだ。
マクギリスはどうしてもガエリオの視野に入りたかった。どうやったって目が離せないくらい、こんな奴だったのかって、心の底から驚いて、まじまじと見つめなおして、この坊やがかつて味わったことがないような、ただマクギリスのためだけに初めて湧き上がる、その思いを。
それは結局、この二人の間では、怒りと憎しみでしかないのだが。
それでもいい。上っ面だけの生ぬるい友達ごっこよりもずっと良い。ガエリオの心をここまで壊滅的に傷つけられるのはマクギリスだけだ。その慟哭も絶叫も、すべて、マクギリスのためだけのものだ。マクギリスがこれまでの人生で本当に自分の手だけでつかんだものは、きっと、このガエリオの涙だけなのだ。
というのはすべておれの空想であって、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に登場するキャラクターとは一切関係ありませんので、ご安心ください。
しかし書いてて、我ながら私の想像するマクギリスさんは面倒くさくて嫌な奴だと思いました。私はめんどくさい嫌な奴が大好きなので、そういう方向にねじ曲げて解釈しがちです。ごめんなさい。
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コメント
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まあマクギリスは死に方の楽しみな男になりました。
ただおっしゃるように本当に常にガエリオに
チャンスはあったんですよね。
もし「とにかくアインを治す、それからだ!」と
当初の医師の延命案を呑んでいたら。
グレイズアインを見て「ふざけるな!今からでも
戻せるだけアインを元に戻せ!」と怒っていれば。
あるいは「貴様は何者だ、マクギリス。ファリドが
貴様である筈がない!」と妄信であれ貫いていれば。
そういう所は本当に悲しいですね。
ただアインは本望でなくとも幸福であった気はします。
結局アインも「真実」は見たくなかったからあの「抜群の性能を不条理な情動にまけて無駄にしている」グレイズアインになった気がします。
投稿: kojirou | 2016年4月10日 (日) 18時20分
コメントありがとうございます。
そうなんですよね、マクギリスは何回も何回も、ガエリオに問いかけているんですよね。
でもその問い方はものすごくわかりにくいよ、と思うんですけど。
投稿: にぽぽだい | 2016年4月11日 (月) 12時25分
ここにきてマクギリスの境遇が語られたけど、さらに悲惨なものでしたね。
イズナリオに拾われたあとも救われたわけではなかった。これでは友情もなんも届かないわけだ
なるほど…怒りのなかで生きてきたか…彼もまた鉄華団などと同じ側だったか…ある意味では鉄華団より悲惨ともいえる
カルタはマクギリスへの憧れや未練からか側近は金髪碧眼を揃えてたけど…可愛い未練からだてしてもあの光景みたらマクギリスには耐え難いだろうし、怒りが友情や愛情を上回るだれうなと思う
それにしてもマクギリスの革命が成功してギャラルホルンの現体制が解体でもしないかぎり鉄華団も間違いなくつぶされる状況になったが
投稿: 犬 | 2017年2月27日 (月) 13時02分