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2015年5月21日 (木)

TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 続」第7話の感想

比企谷くんは、膝から下のところだけで雪乃さんだと気がつくんだなぁ。

と呟いたら、「いつもどこ見ているのかしのばれるわね」と奥さんが微笑んだ。

いやそんな怖くて目も合わせられなくて、いつもうつむいている、って描写じゃないから。『どこでも力関係は同じね』みたいな笑顔でうなづかないでください。

確かにおれは足首だけで、君とわかるけど。

 

というわけで、原作10.5巻までのネタバレありで、「続」7話「されど、その部屋は終わらぬ日常を演じ続ける。」の感想です。

 

 

 

 

 

今回のラストシーン、マリピン、クリスマスイルミの別れの場。

9巻の中でも、おれの一番好きな場面。このシーンを雪乃さん視点から書きうつしたSSをpixivにアップしたりした。

だから、雪ノ下雪乃は猫を飼わない

よろしければご笑覧ください。

 

それにしても7話のこのシーンは素晴らしかった。

ゴッソリ比企谷くんのモノローグを削って、比企谷くんにも雪乃さんにも肩入れしない、突き放した演出が、かえって情感を高めてモヤモヤとスッキリしない何かをおれに放り込んでくるようにおもった。

それにしても、雪乃さんの表情の芝居と、早見沙織さんの演技の噛み合い方が、すごいと思った。

「私は」から「違うわ」までの、間と、表情の変化。

そして、何より「けど、別にもう無理する必要なんてないじゃない。それで壊れてしまうのなら、それまでのものでしかない……。違う?」の時の顔。

儚げな微笑みの輪郭の中で、目は今にも泣き出しそうに潤んでいる。笑みに似た形をした口元は、何かに耐えるように、あるいは、何かを振り切るように、くっと食いしばられている。

一見すると、矛盾している、混乱しているとも言える、そんな複雑さ。

おれが雪乃さんに感情移入するのは、彼女のまさにこんなところ。絶対に完璧超人たりえない、釈然としないところ。おれだ、おれがいる、と思っちゃう。

 

今期、八幡のモノローグが極端に減ったと思うんだけど、かえって八幡の心情の動きを考えるようになった。あれだ、チラリズムの方がエロいというやつかな?

原作では彼の冗漫な地の文が絶妙。本筋をはぐらかすオタクネタと無駄に細かい描写とどうでもいいくだらない思考の、絢爛たる饒舌の瀑布がおれを押し流す。でも、それは、むしろ何かを語らない沈黙をごまかすための陽動にすぎないのかもしれない。

「続」では、アニメスタッフの実に的確な演出が、原作で八幡が語らなかったこと、隠そうとしたことを暴き出していく感じがしている。

 

Aパートの、一色さんと横断歩道を渡っていく、ロングショット。少し長めのワンカット。八幡と一色さんが横断歩道をカメラから遠ざかっていく、その間二人で何か話しているんだけど、聞き取れない。思わず耳をすますと、飛行機が通り過ぎていく音だけが、静かに聴こえてくる。

これだよ、と思ってぞくぞくした。

これがあるから、このスタッフはいい。

第5回の時の由比ヶ浜さんがスマホに手を伸ばすシーンが、アニメ化されて俄然魅力を増したことを、以前も書いた。しかし今回はそれどころじゃない。

「さしあたっては、そのコンビニ袋を持つことくらいしかできないが」

原作では、ただこれだけの一行である。

おれはこの描写が、アニメで描かれたような、八幡が強引なほど積極的に、ほとんど奪うようにして、一度は断られた荷物持ちを引き受けているとは理解していなかった。

前もコンビニ袋持つくらいはしたし、今後もそのくらいのことは出来る限りはしてやろう、程度の意味なんだと思ったし、最初読んだ時は「とか言いつつ、さっき断られて、今は持ってやることさえできてないだろうが」と突っ込んだのを思い出す。

でも、こうして映像で見せられれば確かにそうなのだ。「そのコンビニ袋」と書いてあるじゃないか。たった今、「……今日は別に重くないんでいいですよ」って言われたばかりの「その」コンビニ袋を、わざわざおっかけてまで持ってやる情景だったのだ。

おれは愕然とする。どうした八幡、あまりにもらしくない。まるでラノベに出てくるお人好し正義感のヒーローみたいじゃないか。これは確かに明白に「サポートとかフォローとかとは別種のものだ」と、おれもそう思うよ。

 

すごいのは、八幡がそれを言わないところ。自覚していないのか、それとも故意か、読者に対して隠しているかのようじゃないか。原作の地の文では、これほどの大事件がさっき引用した一文だけで片付けられている。

その後、比企谷くんはこの後、海浜総合高校とのやり取りの中で「このやり方はひどくまずい」と独語する。こっちは、心中のモノローグで描写されるのがじつにうまい。彼が意識しているまずさは、こっちの方だと。

そのモノローグに引き続いて、比企谷くんは、玉縄さんのところに交渉に行く。まるで、彼が事態の元凶だと言わんばかりに。

確かに、ボトムアップなブレストにこだわりすぎる玉縄くんが、プロジェクトのタイムマネジメントをリスキーにするボトルネックになっているのは間違いない(いかん、玉縄くんを語る時、どうしても意識高くなってしまう)

それにはおれも賛成だけど。

 

横断歩道の静かな数秒が挿入される演出の意図は、八幡が以前とは変わったという描写なんだと、おれは理解している。

八幡って、無理やり奪い取るようにまでして、女の子の荷物もってやるような、そんな奴だったか?

もっと人を突き放すクールな奴だったはずだ。

この八幡の変質こそが、事件なのだ。

本来の八幡なら、正面切って玉縄くんと交渉したりしないと思うんだよ、おれは。それこそ生徒会長の役割じゃないか。八幡が代わりに持ってやるようなものじゃないはずだ。

以前の八幡なら、もっと玉縄くんの為人を取材したはずだ。せっかく折本さんという海浜総合高校とのパイプもあるのだし。彼の弱みを掴むなり、あるいは後ろ暗い目的を突き止めたりして、そこをゆさぶるような寝技の使用を考えるはずだ。まあ、おれのかんがえたさいきょうの八幡、みたいな話になっちゃうから、あまり突っ込まないけど。

 

しかも、その変化の理由が「自分の責任だから」だなんて。

「おれは悪くない」と言い切る八幡はどこに行ってしまったんだ。

前回 、おれは、自身の責任を重く考えすぎる八幡を傲慢だと思った。

一方、以前  は「おれは悪くないじゃ通らない」と書いたこともある。

そう、人間ってのは一般論的に、神様でもドラえもんでもないんだから、出来ないことがある。責任の限界があって、それ以上のことを気に病むのは、傲慢ってものだと思う。

でも、出来ることもある。出来る範囲のことは、確かに自分の責任なんだ。その範囲の中では、何もしない、関わろうとしない、ということでさえ、それが自分の決断であるなら、その結果は混じり気なく自分だけの責任だろう。

その範囲。有限の、おのおの独自の責任の領域をどう見極めていくのかが、社会的存在としての人間の成熟というものなんだろう、とは、おれの個人的見解に過ぎないけども。

おれの見方から言えば、極端な万能感と無力感の間を不安定に揺れ動く、八幡の脆弱な未熟さの露呈なのだと思う。

 

さらにおれが注目するのは、このことに八幡が無自覚だという点だ。無意識的に気付きつつも、あえて意識しまいと目をそらしているのか。

原作でもコンビニ袋を引き取ったことは仄めかされる程度といっていいような描写だと思うし、アニメ映像の中でさえ、画面奥でこそこそと、注意してみなければわからないようなやりとりとして描いている。この不明瞭さ、視聴者の眼前に明らかに取り上げられない演出は、無自覚性を表す表現だと思った。

この無自覚、自己観察力の低下こそ、修学旅行以後、周囲の人間との距離感も見失わせているものなのではないか。

例えば、雪乃さんの「わかるものだとばかり」の意味がわからない。自分が何か失敗したのではないか、と傲慢な万能感を背景としたむやみな罪悪感につなげてしまう。

例えば、生徒会選挙の時、小町に判断を委ねてしまう。自分の行動指針を、一人称単数で決断できなかった。卑劣にも、まだ中学生の妹に責任をなすりつけてしまった。誰かに方法論のアドバイスをもとめたところで、そんなものは頼るとは言わない。しかし、自分の動く理由を他人に求めるなら、それは自らの主体性を否定し、自分を単なる手先、道具、社畜に貶める行為に他ならない。

 

今、例にあげた場面でも、八幡はまだ、自分の眼が曇っているとは思わないのだ。雪乃さんは生徒会長になりたかったのかもしれない、とか、材木座たちと会議したことを他人に頼ったことだと思っているとか、すっごいズレたこと言っている。

 

このズレがどこから来たのか。そしてどこに行くのか。

「……あなた一人の責任でそうなっているなら、あなた一人で解決するべき問題でしょう」

という雪乃さんのセリフは、この視点からだとどう受け止められるのか。

一方

「……罪悪感って消えないよ」

という由比ヶ浜さんのセリフは、どんな効果を持っていたのか。

さらに

「本物が欲しい」

という八幡のセリフは、何を表すのか。

みたいなことが今後の興味の中心になっています、おれはね、という話。

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