「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」8巻の感想 その3 さらに雪ノ下雪乃の場合
思ったより早く書けたので、続きを上げます。
以下、いつものようにネタバレ進行ですので、ご注意。
人ごと世界を変えるのだ、と彼女は言った。
人は、皆弱くて、心が醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とそうとする。
だから自分は生きにくいのだ。自分が優れているからで、世界がおかしいからだ。
然るが故に、世界は変えられるべきだ。
そうとも、変わるべきなのは、世界であって、雪乃自身ではない。
既にして、正しく、優れている彼女がどうして変わる必要があるだろう。
雪乃は、ずっと頑なにそう主張してきた。それが真実なのだと、自分は虚言だけは吐いたことはない、と。
しかし。
「あなたは、何もやらなくてもいいんだもの。いつも誰かがやってくれるんだもんね?」
そうなのだ。 世界を変える、などと息巻いていながら、彼女の本質は末っ子の甘えん坊のままなのだ。見かねて手を差し伸べてくれる王子様の訪れを待っているだけだ。
実際、作中で彼女は、わざわざ失敗するためとしか思えないやり方ばかり繰り返している。
文化祭実行委員会のときにそれが顕著だったが、ポジティブな努力を怒濤のように注ぎ込む、ように見えて、実は人心が離反して結果としてプロジェクトが蹉跌するようなやり方をする。
鶴見留美の件でも三浦さんと深刻な対立をしたし、川崎沙希の件でも当の川崎と揉めた。一番最初の由比ケ浜さんのクッキーの件だって、クライアントが泣かさるだけで帰ったとしても不思議の無い展開だった。
おれは雪ノ下雪乃が無能だとは信じない。文実で葉山がストレートに、陽乃さんがシニカルに指摘してみせた、彼女自身の問題点を本当に気付かないほど愚かではないと思う。
だって、彼女が単に愚かなだけなら、物語として退屈すぎるだろう? 分かっている筈、できる筈なのに、それでもなお意固地に事態を危うくさせる、それだけ業の深さ、思いのややこしさをもっているヒロインじゃなかったら、盛り上がんないじゃないか。
間接的に、だが積極的に、物事を失敗に導いておいて、自分は悪くない、奴らが悪い、と悲劇のカサンドラを演じたい、という圧し殺した欲求が溢れてしまうのだろう。
性質が悪いのは、彼女がおそらく無意識だという点だ。
優秀なだけに大変に傍迷惑なのだが、これは彼女なりの悲鳴だとおれは捉えた。彼女のSOSなのだろう。「そうだよ、君は悪くない」と誰かに分かってもらい、かばってもらいたいのだ。
まあ、例のごとく、おれの想像に過ぎない話なんだけど。
そして彼女は、比企谷八幡と出会った。
おそらく、彼女史上初めて、自己正当化を諦めている相手だろう。
むしろ間違っていることや、道を外れていることを誇る。闇雲な自信にあふれていて傲慢な程だが、前提となる価値観があざやかに倒錯している。
彼は雪乃に屈服しない。かといって、敵にもならない。求めるものが重ならず、利害関係が全く生じないからだ。
それでいてそんな彼が、ほぼ完璧な理解を彼女に示す。孤独に苦しむあまり、周囲を巻き込んで破滅的な間違いをしでかしてしまう、そんな雪乃の悲鳴を正確に聞き取る。 第6巻では、八幡はただ雪乃のことしか見ていない。
葉山君も城廻委員長も、学園祭の成功とか、雪乃さんの外聞とか、四方八方考えてくれた上で、もっとも妥当な提案をしてくれようというときに、八幡は、ひたすら雪乃のことだけだ。
雪乃の行いを見て、雪乃の言葉を聞き、雪乃の心に、想いを馳せてくれる。お為ごかしでさえない。八幡は、雪乃を守ろうとも、正そうともしない。
そこに八幡自身の価値判断をも割込ませない程、ただまっすぐに雪乃を見つめて、寄り添おうとする。それが向かっているのが破滅的な方向だとしても、それならそのまままっすぐ、共に破滅してしまおう。そんな理解と肯定の仕方だ。
雪乃も、そのことを素直に受けとめられる。食い違いすぎて、争いにさえならない、そんな距離のある男だからこそなのだろう。
ここでさらに誤読を重ねよう。
八幡から逃げたい気持ちと、逃げる自分を咎める気持ち。 それ以外に、逃げたくない気持ちがあると思う。
逃げるどころか、もっと八幡に近づきたい、もっと近づいてもらいたい、そのぐらいの気持ちが雪乃にあるのではないか。
おれは想像する。
変わらなければ。
「前には進めない」
「悩みは解決しないし、誰も救われない」
そう言う彼女は、どれほど、「変われ」「進め」と強いられ続けてきたのだろう。
そんな自分の状況に、どれほど悩まされたのか。
救われたい、と、どれほど、彼女は祈ったのだろうか。
常に、雪ノ下雪乃は追い続けてきた。
良きもの、正しきもの、美しきものは、必ず彼女を置き去りにして、先へ先へもっと先へと、飛ぶように進んで行ってしまうのだ。
彼女は息急き切って、走って、走って、手を伸ばして、涙ぐむほど奥歯噛み締めて、さらに精一杯に指を伸ばして、そして届かない。
「私も、ああなりたいと思っていたから」
文化祭のステージ上で輝く姉を観ながらの、そのつぶやき。
追いかけて、走り続けて、なお遠い。
そして、ふと漏れた溜息。
「……ならなくていいだろ。そのままで」
彼だけが、その瞬間、隣にいてくれた。
全ては、彼女の遥かな前方にあった。彼女が前に進んで、初めて世界は手に入る。立ち止まれば、選ばれない。
彼だけだった。
立ち止まって、弱音を吐いた、その瞬間、隣にいた。
何をしたわけではない。励ますでも、応援するでもない。ただ「そのままでいいだろ」と、うなずいただけだ。
それでも。
「……本当に、誰でも救ってしまうのね」
雪乃は、そこに、救いを感じてしまう。
自分は、追いかけたいわけではなかった。
本当は、置いていかれてしまうことが、寂しかった。
振り向いてもらえないことがつらかった。嫌だった。
挫けて立ち止まっても、うつむいてしゃがみこんでも、泣きじゃくりながら倒れても。
そばに誰かがいてくれたら、自分は救われるのだ。
彼が。この人が、いてくれれば。
痛いほど切実に、雪ノ下雪乃は、比企谷八幡を必要としているのだ。
しかし、八幡は別に雪乃を救おうとは思ってない。
誰かを救う、などと思い上がった発想のない男だ。ただ、自分が自分らしくあるために、最も効率的な行動を取るだけだ。
7巻で、雪乃もそれを思い知ったのだろう。
かけがえ無く必要だと、雪乃がどんなに強く思っても、彼がそれに応える保証は無い。
彼女にとって、こんなに不安で恐ろしいことはない。
彼もまた、彼女を置きざりにして進んでいってしまうのかもしれない。方向は前方ではなく、斜め下向きにだが。
6巻であれほど雪乃を見つめてくれた八幡なのに、しかし、7巻では彼の腐った視野の中心は、海老名さんにとられてしまう。
八幡ってきっと「世界の敵の味方」なんだろうな、とおれは思う。
その瞬間、もっとも孤独で、世間だの主流だのから弾かれ、包囲され、責められている、つまりは「ぼっち」を、八幡は見つけ出してしまう。見つけたら、目が離せない。だから、7巻では、八幡は海老名さんを見つめてしまう。
つまり、おれは思うのだ。7巻の雪乃さんの怒りは、素朴な嫉妬だったんだろう、と。
八幡の告白が、恋愛的な意味では嘘なのは雪乃にとっても明らかだったろう。だが、むしろ、八幡が本気で海老名さんに恋をしてくれた方が、ずっと心穏やかだったのではないか。
その告白が嘘だと、なんの打ち合わせもなく、八幡と海老名さんの間で通じ合っているのを、目の当たりにするくらいなら。
この相互理解。
八幡と目と目で通じ合えるのは、自分だけだった筈なのに。
おれの想像は、この程度だ。
雪乃は子どもっぽい独占欲から、拗ねて、不貞腐れていたのだろう。
蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘るというが、おれの器量では、雪乃さんの心情をこの程度にしか想像出来ない。
「うわべだけのものに意味なんてないと言ったのはあなただったはずよ」
そんな雪乃の弾劾に、八幡は胸を痛めている。
自分が本当に守りたかった筈のものを、自ら壊してしまったことに気がついたように。自身の変節が、取り返しがつかない結果をもたらしたことに気づいたように。
だけど、おれに言わせれば、それこそ自意識過剰だ。
仮に、八幡が節を枉げたとして、だから、なんだ。
雪乃がそんな深刻ぶって糾弾することだろうか?
彼女に何の関係もないことだ。そこに不満を感じるとしたらワガママもいいところなんじゃない?
雪乃の方が、自分のワガママさにいち早く気付いているように、おれには思える。
「わかるものだとばかり、思っていたのね……」 って、そういう意味だと思う。八幡が、雪乃の自覚していなかった深い願いを叶えて、奉仕部に居場所を残してくれたとき。
おそらく、雪乃は嬉しかった。
そこで、喜んでしまって、初めて、自覚したのだろう。
言動とは裏腹に、彼に引き止めてもらいたかった、自分のツンデレぶりを。
その揺れる乙女心を、比企谷君なら分かるものだとばかり、思っていたのだ。
ワガママだった。幼児かよ。
普段、自らに課し立派に演じきっていた筈の颯爽凛然の雪ノ下雪乃像。
それを根本的に裏切る、理不尽な甘えっぷりではないか。
陽乃の指摘の通り、自分では何もせず、誰かに甘えてやってもらう、自分はその段階にずっととどまり続けている。
しかも、それが八幡に、確かに通じて居るのだ。彼に、自分の頑是無い甘えん坊の部分を、見破られている。
ようやくそう自覚して、呆然としているのが、8巻ラストの雪乃だと思う。
それまでに少しでも自覚があったら、開き直って「勘違いしないでよね!」みたいなテンプレの照れ隠しも演じられたのだろうけど。
全く想定外の自分の感情を認識して、雪乃の内心は大混乱であろう。かつての自分の抜け殻を演じ続けるだけでも精一杯なんだろうなと、おれは想像している。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。
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