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2013年6月19日 (水)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。の話 その8 アニメ11話の感想

今回はアニメ第11話と、原作6巻の話を中心にします。

例によって、以下、アニメ11話、原作7巻までのネタバレありです。未読の方ご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

南ちゃん(TДT)

うううおおおっふ……

何と言うか、こう……つらいっは……

心えぐられる……本当に、おれの若かりし頃の、勘違いして調子のって滑るエピソードまんまだぜ。

なるほど、これが世に言う「俺がいる」か。

これまでの八幡の黒歴史ネタは、軽いあるあるネタレベルで、まあ、痛いけど、HAHAHA笑わせてくれるぜボーイ、みたいなノリで聞き流せていた。

でも、南ちゃんの体験は生々しい……なんなら、今日のおれの生き様まさにこんなんでしたが、まである。作中でも、現在進行形の黒歴史で、今回の放送分でもそのダメージを広げつつあるのがきつい。

まあ、南ちゃんの自業自得なのは否定出来ないし、傷付きだけが青春さ。それは良いんだ。

アニメ感想のスレとかブログとか見て回ってると、けっこう南ちゃんこき下ろされーの、罵られーの、けなされーの。みたいな意見を2-3見ました。

南ちゃんへの非難コメも、内容的には全くごもっともその通りなので、何も言えねーし。

なんかもー、おれは南ちゃんにものっそい肩入れしててずたずたの気持ちだから、刺さる刺さる。被害的な気持ちで、世界中がおれの敵に回ったような気がしてくる。みんながおれの悪口言っている!!

みんなって誰だよ。

「みんな」という言葉は「敵」のシノニム。

11話ラストの、トイレでうつむく南ちゃんの気持ちがまさにこんなんだったろう。

 

アニメの方が原作よりも好きだと思える点はいくつかあるけど、三人称視点での描写がやはり特記すべきところだと思う。

このアニメ化にあたって、脚本が本当良く練られていると思ってて。11話も実に鮮やかな編集なんだけど、その中で、貴重な数秒を割いて描かれる、ひとりトイレで落ち込む南ちゃんのシーンが、すごく好きだ。

それと今回は、雪ノ下雪乃の「却っ下」と「また明日」が、素晴らしい演技だった。

早見沙織さんというのか。成る程。

雪乃と八幡の関係については、いろいろ書きたいことがあるけど、次回12話のあとまでとっておくことにしよう。

脚本がみごとなおりたたみ方で、僅かな尺に様々の要素が巧みに織り込まれてて、素晴らしい。どこを取り上げるか迷うけど、今回は、由比ヶ浜さんの話をしたい。昨日、彼女のお誕生日だったしナ。

 

単に好みの問題に過ぎないのだが、ぶっちゃけ、おれは由比ケ浜さんは、ちょっと苦手、かしら?(女子言葉的な意味で)

善良で誠実で勇敢な、とてもいい子だとは思うんだけど、正直、見ててイライラするというか、それ以上だな。腹立って仕方ないときがある。むかつき度は、南ちゃんの比じゃない。

いつものようにおれらしく卑劣に言い訳を試みよう。

おれのせいじゃない。おれはただ八幡に感情移入しているだけで、由比ケ浜さんに深くドロドロと怒っているのは、八幡なんだよ、と言いたい。ぼくじゃなーいー×3

まあ、おれの誤読っちゃ、それ以外の何ものでもないのだが。

4話の「そんなのはやめろ」に込められた密かな怒りの表現が凄く良かったと、先日書いた。

さらに八幡の怒りが描かれるのは第9話。5巻をざっくりと9話一話だけにまとめたのは、アニメの良改変の一つと思う。

9話ラストの「勝手に期待して勝手に理想を押し付けて勝手に理解した気になって」という八幡の台詞。

自己嫌悪の吐露として憎々しげに吐き捨てられる言葉だけど、アニメ版の改変のおかげで、その数分前に由比ケ浜さんの「事故がなくったってヒッキーはあたしを助けてくれたよ」ってひとりよがりな台詞こそがまさに、本当に勝手な期待、勝手な理想、勝手な理解の押し付けなんだということが明らかに示される。

以前にも「そんなのはやめろ」とはっきり告げた。たった今だって「俺にそういうの期待すんな」と誤解の余地無く言い切ったばかりじゃないか。

期待の押し付けに怒りを覚えるのは、たしかにこちらの身勝手だとも思う、わがままはお互いさまだよね。

それでもさ、お前も、ほんの少しくらい人の話聞けよ。なにを少女マンガのヒロインみたいにほほ染めて、自己陶酔してんだよ。俺はお前の都合のいい王子様じゃない。

由比ケ浜さんは、自分の好意がそんな風に八幡の個性と尊厳を踏みにじり侵略するものだなんて、おそらく想像だにしないのだろう。あるいは八幡には他にもっと好きな人がいたりとかで、フラレてしまったりするとかの不安を感じる程度はあるかもしれない。

だから、期待を裏切ったことにされるのは、きっと八幡の方になる。そして由比ケ浜さんは、まるで自分が傷付けられたように涙ぐんで走り去るのだ。まさしく第5話でそうだったように。これが、つまり「優しい女の子」ってヤツだ。

おれはこんな風に八幡の怒りを読み取ってしまう。うん、やっぱり誤読だ。

図々しくさらに誤読を重ねよう。それでも、八幡は、決しておれみたいに由比ケ浜さんを責めない。そこが、八幡の高潔さ、優しさなんだよな、って思う。

侵略する押し付けがましい「恋心」のおぞましくも身勝手な期待や理想、全部自分の内側のものとして、自分をいさめるように、互いを尊重できる距離を確保しようとする。

そのとき八幡は、自分が臆病で、彼女が自分を好きなのでは無いかと期待して、裏切られるのが怖いから自分を律しているのだ、と言いたがる。

でも、明らかにそれは嘘だと、おれには見える。6巻で、既にアニメの11話の時点で、八幡は自分の鋼鉄のメンタルに自信満々で、自分が傷つくことをさして気にしていないことがはっきりしている。八幡が心配しているのは、自分が傷付くことではない、他の誰かが、自分と同じ傷付きをたどることだろう。

アニメ11話ではカットされてしまったけど、スローガン会議の後で、めぐり先輩にがっかりされた後の、原作のモノローグがおれは好きだった。

「だから働きたくなかったんだ。頑張ってちゃんとやると期待されて、多分そのうちボロが出て、最後には失望させてしまうから」

八幡が「働いたら負けだ」という言葉の意味が明らかになる。自分が苦労するから嫌だ、というのも嘘じゃないだろうけど、そんなこと言いながら、労働力激減の文実に踏みとどまって「社畜」と自嘲しつつも激務をこなし続ける男だ。

そして、八幡のこの感覚は、働くことについてだけではないのだろうと思う。恋をして、恋人として交際して、でも「多分そのうちボロが出て、最後には失望させてしまう」だろう、と。そして多分、それはあたっている。

おれ、このモノローグはものすごく大事だと思ってて、きっと12話でおさえてくれる筈と期待していますけども。

 

という11話では、由比ケ浜さんがそんなに、いらつかなくなっている。

彼女は空気を読むことが取り柄で、周囲に合わせすぎる、という設定で紹介されるのだけど、見てればすぐわかるように、実は全然空気読めていない。

自称「空気読むタイプ」に限って、ほんとうは全然人の気持ち分かってないんだ、という主張に、俺ガイルの真骨頂を見出すべきなのであろう。

彼女の所謂の「空気読む」とは、単に自身の内側に自己完結してしまうだけのこと。由比ヶ浜さんの想像を、理想を、期待を押し付けて、塗りつぶしてしまう。全く人の話聞かないし、まともに人の顔を見ようともしない。

アニメの良改変と思うのは、2話で、三浦さんがひっかかっているのは、由比ケ浜さんが雪ノ下さんを渾名で呼んだ時「ゆきのん?」って聞き返しているところ。

三浦さんは結衣ちゃんの交友関係が気になっている。ちょっと子供っぽいような友情で、結衣ちゃんを独占したくてヤキモチを焼いてる、まあ言ってしまえばツンデレ的な追求だ。と思うとなかなか可愛いらしい。

以前にも紹介したくぽぽさんのssで「優美子は無様なクラスの女王」というのがあるんだけど、今書いたような解釈なんですよ。もの凄くおもしろかった。

でも、由比ケ浜さんはそんな三浦さんの気持ちを忖度しない。三浦さんが「もっと率直に気持ちを伝えあうのが、真の友情なのではないか」と真摯に訴える誠意に対して、「一身上の都合と言うか」とヘラヘラごまかそうとする。

6話でも、雪乃と八幡が交際していると本気で思いこんで、全然話を聞こうとしない。

自分が傷つくのを恐れるあまり、目をつぶって認識を拒絶する。それが彼女の「空気を読む」ってことだ。

 

それでも、多分、雪ノ下雪乃を見て、傷つけることを恐れない人が、結構かっこいい場合があることを知った。

他ならぬ比企谷八幡を見て、傷つくことが、痛いながらも、意外に魅力的なことも知った。

だから、11話では、彼女は、はじめて、ぷんぷんと怒る。自分で「あたし怒っている」って、まっすぐ視線を向けて、自分の足だけで立って、宣言する。

こないだは、俺ガイルのテーマは罪悪感だと書いた。

もちろん、あれは嘘だ。

俺ガイルのテーマは、本当は「怒り」だ。きまってるじゃないか。

八幡のどろどろと淀んだ怒り、雪乃の鋭く切り刻むような怒り、そして、ついに由比ケ浜結衣の、いきり立つ健康な怒り。

それは一見、自分の感情を叩き付けるだけの空気読めない自己中のように見えて、違う。

怒りは、そのそもそもの起こりで、かならず傷付きから始まる。思うようにならない無力、通じ合えない孤独、その痛みを知らずに怒りはありえない。

どうしようもなさ、絶望を、孤独を、無力感を、どんなに否定しても消えはしない世界の現実を、それでも、受けとめて生き延びていくための第一歩。それが怒りなのだ。

不可能と絶望にただひたすら目をつむるだけで、逃げることさえまともにしてこなかった、そんな由比ケ浜が、いま、怒らざるをえない現実を、はじめて認めたのだ。

 

おれが由比ケ浜さんに対していらつきを覚えていたのは、本来なら彼女の責任においてちゃんと怒って然るべきときにも、ヘラヘラごまかしてコトナキをえようとするヘタレだったからだ。

その頃の彼女なら、例えば11話で雪乃が南ちゃんの依頼を受けたことでも「ゆきのんに何か考えがあるんだよ」みたいなことを言って、作り笑いして、葛藤を回避していたんじゃないかと想像する。

しかし、今は、由比ケ浜さんは、きちんと怒れるのだ。

このわずかだけれど、決定的な変化を、自然な成長として描き出せる作者の筆力は並じゃない。感嘆。

今の由比ケ浜さんならそろそろ、多分、失恋に耐えることが出来るようになっただろう。八幡も、大人同士として、正面から真面目にフることが出来る。

だから、おれとしては、そんなに苦手感なくなって来た。

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