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2012年7月12日 (木)

アニメ「氷菓」感想 第12話「限りなく積まれた例のあれ」


「空ろの箱と零のマリア」の5巻が出たよ……待ったよ……本当に待ったんだ……
 
でも今回もとりあえず「氷菓」の感想。
例によって、ネタバレに一切の配慮しないので、ご了承のほどを。


フロル!
フロルベルチェリ・フロル!
そうか、伊原さんは、そういう子か。やべぇ、おれが高校生だったら一発で好きになってるところだ。
他の子がボカロのコスプレしている中で、24年組とか。
うわー、切ない。
なに、この熱さ。ちょ、待てよ。おれは血を吐くよ。
この描き方すごい。原作でもフロルのコスプレなの?
一瞬で、この子が、岡田斗司夫が「既に死んだ」と悼んだ、昭和時代のオタクなんだと分かるこの演出。
鮮やかだ。
本当、すげー。
胴震いが来る。
 
想像がふくれあがって止まらないわけだが、どうも、ナコルル先輩率いるボカロ軍団と、伊原さんとはなにか対立があるんだよね、きっと。次回予告でナコルル先輩と言い争いしてるみたいな感じだったのが気になる。
それも、そのオタク道の方向性が合わないとか、そういう次元のあれではないのか。
ワーオ。
そういう微妙な思想信条の争いとか、今時、ほんとにアニメでやれるのか?
漫画研究会なのにコスプレ、しかもそれがナコルルやボカロ、漫画じゃないじゃん!というツッコミ待ちの姿勢も、先輩にしたらネタのうちであろう。
ナコルル先輩たちはおそらく、ノリ重視。皆で盛り上がって祭りだワッショイ、みたいな、明るく楽しい部活を目指しているんだろう。
そういうノリに、まあ、普通の人は合わせるよ、アレだ、ほら、なんて言ったっけ。そうそう「空気読む」ってヤツだ。
でも、そこでひっかかっちゃう人もいる。単に、ちょっと趣味あわないな、って人もいるだろうし、そういう空気、大袈裟に言えば同調圧力の重苦しさが嫌な人も。
そして、その中には、そのことを真正直に表明して、無用に周囲と摩擦を生む人もいる。
おれはハラハラしながら想像するのだけど、残念ながら、伊原さんは、多分、正直に突っかかって損をするタイプみたいだ。
福部君が正義のタロットをあてはめた伊原さん。生真面目で、正直で、ストイックで、熱血。赤木キャプテンか。往々にして、空気読めなくてはじき出されるタイプだ。
嫌われる子ではないんだろうな。「ノリ悪いよね」って煙たがられるところもある一方で、先輩のノリにちょっとついていけない感じの子達にはむしろ人気あるみたい。でも、ノリが悪い、空気が読めない、という理由で多数派に乗れない人たちは、結束して別にグループを作ることもない。
伊原さんがナコルル先輩と話している間は、誰ひとり、伊原さん側に近寄ってくる人がいないんだよね。
伊原さんは、孤立しているんじゃないか。おれは危ぶむ。
 
そこで伊原さんが、少女漫画の、いや、世界の漫画史の中でも古典的傑作といえる萩尾望都の「11人いる!」を持ち出してきちゃうのが、おれから見るとますます痛々しい。
正しすぎる。
伊原さんがどこまで意識してか分かんないけど、漫画と全然無関係にボカロのコス着てる先輩への嫌みになっちゃっている。対立と孤立は深まる一方ではないか。
それでも、彼女は、そこを譲れない。反対していたコスプレ、やらざるをえないことになっちゃって、仕方ない、どうせコスプレやるんならさ、もう潔く負けを認めてリムルルとかやっちゃえばいいじゃない。なのに、どうしてフロルなんだよ。
彼女なりに漫画への思いというのが、熱いんだろう。
部活の人間関係などより、伊原さんにとっては大事なんだ。
バッカだなぁ。
と思うと愛しくてたまらない。
 
彼女の漫画への思いはどんなものか、想像する。
「11人いる!」は1975年の作品。劇中の現在より37年前に描かれた物で、伊原さんにとっては、あるいはお母さんよりも年上の作品だったりするかもしれない。
それでも、彼女は「名作だと思うよ」と。教養として世間の定評を伝えるのではなく、控えめだけど、彼女自身の言葉で「名作だ」という。
自分の母親にとってさえ古典だった作品が、それでも、今ここにいる自分に届く。
それは確かに面白かった。
その衝撃は彼女にとって大事な体験だったのではないか。
 
福部君はショッキングピンクという名の「灰色」だ、と、前回書いた。
その頑固さ、変化を拒み「染まってあげない」と言い切る、彼の孤高。
そういう彼に、中学の時から好意を持っている伊原さんの気持ち、とか、おれはここでつながってくるように感じている。
伊原さんは、そういう、変わらないもの、ゆるがない物、「不朽の名作」「古典的傑作」とか、なんかそういうものが、好きなんじゃないのかな。
「灰色」への憧れ、と言っていい。
 
しかもだよ。これがまた、フロルのコスプレなんだよね。
「11人いる!」は超有名作だから、書くまでもないけど。
フロルって、両性具有の幼生体で、見た目は細っこい美少女なんだけど、一人称「オレ」でやんちゃな男の子の口調で話すというキャラクター。
性別は成人のときに決められるという設定。宇宙大学の入学試験を舞台にしたこの中編では、不合格なら女性になって18歳上の隣の領主の八番目の妾にならなくてはいけないが、合格したら男性になる権利が獲得出来る、という瀬戸際にたつ受験生として登場する。
この、性的に未分化、ってのが、もーね。すごいツボで。おれが読んだ当時はまだ「萌え」という術語はなかったけど、萌え禿げるという体験は、あれが初めてだったかも、だよ。
「11人いる!」は、タダという美少年が主人公なんだけど、このタダ君との関係が、ときに少年同士の悪友みたいにふざけあったり、ときにヒロインみたいに健気にかばってみたりとか、変幻自在の距離感で。彼をさんざんにもてあそぶあくどさが目に余って、実にうらやましかった。
この未分化さが、伊原さんの今の立ち位置にだぶって見える。
 
本物の「灰色」、「染まってあげない」福部君なら、多分、同じ状況で先輩たちの醸し出す空気と合わないと感じても、わざわざ対立しようとはしないだろう。
羽場先輩がホームズを「初心者向け」と明らかにバカにするニュアンスで切り捨てた時も「そうとも言えるでしょうね」と軽やかにかわして相手にしなかった。むしろ「ミステリはクリスティくらいかな」と言ってホームズにさして思い入れのなさそうな伊原さんの方が、むかっ腹を立てていた。
福部君は、だれともホームズへの自分の思いを共有しようとは思っていない。羽場先輩とは勿論、伊原さんとも、折木君とも。彼は自分が自分自身であれさえすればいいのだ。
だから、自分の主張を、力こぶつくって訴えたりはしない。その一方、誰に何を言われたって、屁とも思わない。
伊原さんが惹かれているのは、福部君のそういう所なのではないか。
 
しかし、伊原さん自身は、福部君的な自己の確立に憧れながら、その方向には進めない。
むしろ、そういう福部君に交際を迫っちゃったりする。
福部君みたいな「染まってあげない」ショッキングピンク男子にとっては、男女交際など百害あって一利もない。それは、お互いを染め合おうとする行為だからだ。

伊原さんは、一方で、37年前の萩尾望都、26歳、デビュー7年目の野心に満ちた若い表現者の気迫を受け取ってしまう。
ほとんど侵略的なまでの自己主張。取り返しがつかぬほどに、他者を、世界を、自分の色に染め上げよう、という目もくらむ強烈な「薔薇色」。
その「薔薇色」への憧れも、彼女のうちに、また、あるのではないか。

固い「灰色」志向と、熱い「薔薇色」志向。
伊原さんの、その葛藤と矛盾が、フロルの未分化とそのまま重なる。
そして、伊原さんが、結構、自分の葛藤に自覚的なのではないか、と。千反田さんと違って。いや、おれはそんな想像をしました、というだけなんだけど。
第12話の冒頭で、どうも伊原さんが眠剤らしき薬を飲んでいるシーンがあった。おれは驚いた。おれのイメージでは、伊原さんはいかにも考えすぎて眠れなくなる夜がありそうな子だけど、でも、そんな自分の不安や弱さを意地でも認めないんじゃないか、って思ってた。
自分の懊悩の存在を素直に認めて、薬にたよる率直さをもっているとは侮れない。
 
どうやら、今回のエピソード"Welcome to KANYA FESTA!"は伊原さんメインか?
いろんな人と物とか出てきて、全然把握出来てないけど、そんな感じかな。あるいは福部君も絡むだろうか。
とりあえず、文集の注文が30部から200部になってしまった理由が気になって仕方ないんだけど、その謎は解かれるのだろうか。

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