アニメ「氷菓」感想 第7話「正体見たり」
アニメ「氷菓」のキャッチコピーが「青春は優しいだけじゃない。痛い、だけでもない」というのが、いいよな。
おれたちわざとやっているんだぜ、という迷いない感じがいい。
以下、例によって全く容赦なくネタバレしますので、ご了解のほどを。
第7話「正体見たり」は、古典部女子の結託をすごい感じさせるエピソードで、そこが微笑ましい。まあ、それはおれの勝手な想像ですけど。
このバス旅行は、千反田さんの企画に伊原さんが協力した、という風に男子二人は思いこんで疑っていないようだけど、いや、それはおかしいでしょ。
千反田さんの企画に都合良く、温泉地の伊原さんのいとこの旅館が改装中になる?
そんな訳が無い。
まず、伊原さんが「いま改装中だから、無料にしてあげるから友達つれて遊びにおいでよ」と親戚から声をかけられたんでしょ、JK。
そこから「じゃあ折角だからお言葉に甘えて」って話が進んだはず。
少なくとも、連れて行く友達は古典部のメンバーにしよう、と考えたところまでは、伊原さん一人で企画した筈だ。
じゃあ、どうして千反田さんの企画ということにしたのか。
更に想像を重ねるけど、伊原さんの古典部入部動機は、まあ福部君の存在にあるとみていいと思う。
夏休みの間に、彼と旅行して距離を近づけたい。恋愛脳的には自然な発想と言っていいのでは。
しかし、福部君は、高校生男子としては当然のことだが、年貢をおさめることに抵抗があるようで、伊原さんの切ないアプローチをはぐらかし続けてきたらしい。
正面から「わたしと温泉旅行に行こうよ」と伊原さんが誘ったら、まず四の五の言って逃げられるだろう。伊原さんは、そんな悲しい予想をしたかもしれない。
だから、外堀から埋めることにした。千反田さんから「お礼に」といわれたら断りにくいし、何より折木が一緒となれば「あのホータローが旅行だって!? これは見物だね」とふくちゃんが食いついてくるのは必至だろう、と。
悔しいが、自分よりも折木の方が、ふくちゃんにはアトラクティブなのだと、伊原さんは分かっていた筈だ。
男子高校生が結局、気安い同性の友達のつきあいを優先しがちなのは、万古普遍の真理の一つであろう。別に腐った意味でなく。
となると、あの折木を動かすためにも、千反田さんの協力が必要だった。
きっと千反田さんは、例のように瞳をキラッキラさせて二つ返事で引き受けただろう。
恐らく、伊原さんの依頼はそこだけではなかった。
着いた先でも、折木がふくちゃんと行動を共にしないよう、いつもの調子で折木を引っぱり回してほしい、というのも、あったのではないか。
そういうおれの想像は、いざ首吊りの影の調査をはじめようという時「ごめんチーちゃん、従姉妹の宿題みてあげる約束なの」と別行動を申し出る伊原さんの姿を見て、ほとんど確信に近くなった。
かくて利害の一致した女子の結託が、見事な連携を演じたエピソードだと思った。
首つりの影事件自体は、やらせではなかったようだけど、何事も無ければ無いで、女子軍がなにか仕掛けてきた筈だ。
しかし、肝心の福部君は、どうも早々にその計略を察したようだ。旅館の裏の崖をすべりおりるというアクロバティックな真似をしてまで、しょっちゅう男湯に逃げ込んで、摩耶花のアプローチをかわしていた。
がんばれ、摩耶花。
古典部女子二人があまり仲良くなさそうなところが、すごくいいな、と思ってて。
明らかに、合わないタイプに見える。なのに、それぞれの「一身上の都合により」たまたま部活で二人きりの女子になってしまった。最初期のプリキュアみたいな緊張感が漂う人間関係である。
そこを、伊原さんが無理矢理「ちーちゃん」と呼んでみたり、肩を叩いたり、背中を押したり、それなりに仲良さげな距離まで縮めようという工夫をしていて涙ぐましい。
そういう状況になるのが目に見えていたろうに、それでも主戦場を古典部に選ぶ伊原さんは、どういうつもりだったのか。手芸部とかだって良かったのに。
伊原さんの恋愛観と友情観がしのばれる。きっと伊原さんは、集団が苦手なんだろうな。気まずくともお嬢様と一対一の方が、立場を気にしながら部内女子世論の風向きを伺うよりもたやすいと見積もったんだろう。
こういう緊迫感あふれる社会性を想像できる女子の描き方は、なんだか久しぶりに見る気がする。
残るキュアホワイト千反田も、マイペースで温泉合宿満喫中である。
千反田さんが「姉妹がうらやましい」と言い出すのは、善名姉妹が食卓でみそ汁をこぼすやりとりを見た後だ。
別にどちらが悪いとは言い難い、敢えて言うなら、話に夢中で動きが雑になっていた姉の方が責められるべき、という事態なのに「あんたなにやってんのよ!」と姉が決めつけ「ごめんお姉ちゃん」と妹が萎縮する、そんな情景を、だ。
姉妹の麗しい情愛の交流、とかではない。むしろ、姉妹間の力関係の不条理さがかいま見えるシーン。
これを見ておいて「気の置けない相手がいつもそばにいるなんて、素敵だと思いませんか」って言い出すとか、ミルコならずとも「おまえは何を言っているんだ」とツッコミたいところだ。
しかし、折木君はツッコまない。この「お嬢様は人が良すぎる」と内心呆れたりはするけど、だまっている。
その末に、仲の良い姉妹だって、浴衣の貸し借り程度のことでも葛藤がある、というあたりまえの認識を確認したとき、千反田さんの八つ当たりを受け止める羽目になる。
「わたしはきょうだいが欲しかったんです!」とか、怨ずるがごとく言われても、知らんがな。せめてご両親に言いなさい。折木奉太郎は、うんざりした顔で、そうあしらってよかった。
しかし、折木君はそうしない。
「そんなもんじゃないか、きょうだいなんて」と、現実を突き付けるようなことを口にしつつ、しかし、うつむいて彼女の非難に耐える。その怒りを甘んじて受けとめる。彼はなんにも悪くないのに。
彼は、多分、どこかで気がついていた筈だ。千反田えるも、きょうだいの「枯れ尾花」を知っているということを。
誰よりも気の置けない相手同士の間にさえ、隠し事や企みがある。しかし、その「枯れ尾花」が、千反田えるは気に入らないのだ
人間が無邪気に別の誰かを信じ、自分をゆだねることが出来る、そんな「幽霊」は存在しない。
善名姉妹だって好きで葛藤している訳ではないだろう。「枯れ尾花」に罪は無い。だから、彼女たちを責められない。千反田さんはだから、黙っているしかない。
それでも「幽霊」が存在しないことに痛みと悲しみを感じるのが、千反田えるというヤツなのではないか。彼女の痛みと悲しみは、一体どこへ行けばいいというのか。
そんな葛藤の切所に、折木さんが、いてくれる。折木さんは八つ当たりさせてくれる。彼になら「私はきょうだいが欲しかったんです」と、行き場の無い駄々をこねても、受けとめてもらえる。
そんな千反田さんの期待を察し、それに応えることが出来るのが、折木君なのだろう。
単におれが想像しているだけのことだが。
第6話でも「怒りたくないのに怒りたい」という千反田さんの両価性が描かれたのに引き続いて、第7話でも「姉妹間の親愛を信じられないのに、信じたい」という彼女の両価性が再び取り上げられた、といえるように思う。
これは偶然ではあるまい、というのがおれの感想だ。
その両価性自体についても「その存在を忘れたいのに、見つけ出したい」という両価性がはらまれている。見つけ出したいからいちいち「気になります!」って目を瞠るのに、忘れたいから、自分だけでは気づけなくて、折木君の力が必要なのだ。
彼女の原点である、伯父関谷純の言葉が「生きながら死んでいく」という、やはり両価的な内容だったのも、こうなると明らかな狙いの上のことでは無いかと、想像が膨らむ。
冒頭にあげた「青春は優しいだけじゃない。痛い、だけでもない」ってキャッチコピーが、やはり両価的なところが、おれの想像にさらに自信を与える。
こう思って見ていると、このエピソードのラスト、善名姉が、妹を気遣っておんぶするシーンは素晴らしい。
あのワンカットのおかげで、善名姉妹が「本当は仲がいい」あるいは「本当は仲が悪い」といった、「本当は」ではじまる「単純な真実」が罷り通らなくなる感じがする。
おれは昔から「真実は一つ!」みたいな真実観が、苦手なのですよ。
図々しく、さらに想像を進めよう。
「生きながら死んでいく」
これは、彼女自身のことではないのか。
両価性を両価的に生きる、その言葉がそんな意味なのだとしたら、千反田えるは、まさに生きながら死んでいくような生き方をしている。
一見、天然、お人好しに見える彼女の、この恐るべき歪み。
しかし、彼女は、泣いた。生きながら死ぬのが、恐ろしくて泣いたのだ。
これこそが、彼女の忘れてしまいたい、しかしどうしても見つけ出さないではいられない、彼女の傷付きの、一端なのではないか。
なーんてね。
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