Fate/stay night 二次創作小説 士郎×凛 「いつかの少年のようだった」
士凛というジャンル分けに入らぬ気もしますけど。
すみません。ご不快な方には平謝りです。
文字通りに、眦を決さんばかりに、凛は 目を瞠いていた。
青白くなった顔は、むしろ仮面のように強張って、表情が無くなってしまっている。
極度の怒りの貌だ。
その瞳は濡れて居る。
本当は、あと少しでも目を眇めれば、涙が零れてしまう。
でも、この期におよんで、「女の涙」を武器にしたくない。だったら、もう、ひたすら、目を瞠るしかない。
必要なら平然と噓泣きして見せる凛の、つまり、それは本気の涙だった。
そんなことが分かってしまう。
━━いっつも、泣かせてばかりだからな。
内心の溜め息を押し隠して、エミヤは微笑んだ。これから出かけるのが、朝のジョギングか何かみたいに。
「では、行ってくる。凛」
「私をなめないで。その呼び方やめなさい」
うっわ、こえええ。と、声には出さず、肩をすくめて怯えて見せる、おどけたジェスチャー。
だが、凛は無視して、 固い声で問う。
「どうしても行くの?」
今更、オレにどんな答えを期待しているのか。微笑んで、肩をすくめる以外に。
「わたし……」
凛の声が喉にはりつくようにかすれた。
遠坂凛は泣かない。
でもそれは結果であって、出発点ではないことを、オレは知っていた。多分、いや、間違いなく、オレが「エミヤ」である以上に、「遠坂凛」はツクリモノなのだ。
オレの憧れた、あの優等生のままで。
そして、オレも、今、立ちすくんでいる。
オレは、遠坂が泣き出すの待っているのだろうか。と、自分でも疑う。
だとしたら何故、オレは、遠坂に声をかけないのだろう。
いつかの夜のように。
『弱音を吐いても良いんだ』と。
たったそれだけで、コイツは、泣けるのに。泣いて、座り込んで、崩れ落ちて。オレが背負わせたものから、解き放たれるのに。
いや。
分かっている。オレはそんなことは言わない。何故ならオレは「正義の味方」で。つまり、徹底的に卑劣なエゴイストだからだ。
あいつがあの遥かな昔の朝陽の中で。コイツにかけたあの呪い。
━━私を頼む。
その呪いが、コイツの生涯を、台無しにした。
……畜生。違う。「あいつ」なんかじゃない。
オレだ。
あの朝だけのことじゃない。オレがまだ体験していないあの日から、今日までずっと、毎日、オレはコイツを、踏み躙り続けた。負けない、泣かない、誤らない遠坂を、止めさせようとなかった。
ただ、オレがオレ自身であるだけのために、コイツを、空っぽにしちまった。
そして今も。
「勝算は在る」
遠坂が再び話し出すのを遮るように。オレは笑顔をやめて、遠坂に向き直った。眉間の辺りに緊張を漂わせてみせる。
「そんな問題じゃないでしょう」
その通りさ、遠坂。本当の問題は全く別だ。
そして、君はやはり、本当の問題から話を逸らしてしまうだろう。
「勝って帰る。それで問題ないだろう?」
「勝てると思っているの? いいえ、もう、その議論は沢山、バカバカしい。私の意見は知っている筈ね。わかっているでしょ、そんな問題じゃ無いのよ」
遠坂はついに顔を背けた。
「……どうして。どうして、士郎、あなたなの?」
オレは、黙って溜め息をついた。きっと、強張った顔をしているだろう。
ほら。やっぱり君は、話を逸らした。オレが、そう強いるままに。
「……遠坂。聞いてくれ」
「何を? 『彼等には助けが必要なんだ』? 『誰かが行かなくてはいけないんだ』? 聞き飽きたわ。そんなことどうだっていい。あなたはいつも、他人の話ばかり」
他人の話ばかり。それは、今の君のことだろう、遠坂。君は、いつも、オレのことばかりだ。
君はどうなるんだ。
今、オレ達にとって本当に重要な問題は、遠坂、君自身の話じゃないのか。
飛びかかってでも肩を揺さぶって、コイツの顔を上げさせたかった。「そこまで強くなくてもいい」と、言いたかった。
士郎の師匠としての「遠坂」ではなく。
エミヤのパートナーとしての「凛」でもなく。
第三の名前で、キミを呼びたかった。ひとりぼっちの、泣きじゃくる子供のキミを。その子の味方になりたかった。その子だけの味方になって、ともに佇み、ともに歩みたかった。
だが、もう間に合わない。いま、コイツをなんと呼んだところで、もはや、その子のところにはとどかない。
オレが、その未来を選んだのだ。
「━━正気ですか。そんなことをすれば、貴方は」
両目を奇怪な目隠しで覆った、髪の長い女が腕組みしながら話していた。
一瞬、状況を見失って、直ぐ思い出す。
そうだ、アインツベルンの森。あの影にオレは、胸を貫かれて。
「考えるまでもない。何もしなければ消えるのは二人……」
何事も無かったように遅滞無く会話を続ける。
本当にもう終わりだな。意識が保てなくなっている。ライダーにも怪しむ気色が無いから、意識が無かったのは時間にして千分の一秒程も無い刹那のことだったようだが。
恐らく、まともに話せるのも、あと数分。いや数秒か。
それにしても、意識を失った隙に見た白昼夢が、あの日のことだとは。
オレが人間として、凛と……遠坂と話した最後の日の記憶だ。
あの日。オレたちは、何も大事なことを伝えあえぬまま、ぎこちなく、別れた。いつものように。
今日も、別れの言葉さえ、伝えることはできなさそうだ。
気を失ったままの遠坂を見つめる。
「……凛が目をさましたら、上手く処置してくれるだろう」
いつも、最後の尻拭いを凛にさせる。
結局、オレは、どこまでも自分のことだけなんだ。自分でもうんざりするしか無い。オレも間もなく、あの影の中に帰る。ここまで来て、あの初源の泥へ還っていく。
オレは、どこかでそれを喜んでいる。
あの底なしの泥に、この世全ての悪に。
オレの源流に。
いまこうして再びあえることを。
そして、伝えてやりたい。
オレが、士郎が、エミヤが、今、自分のために生きていることを。
オレたちが、もはや、アンリマユを超えられるということを。
どうしても伝えたい。
我が身の一部だけでも辿り着いて、ヤツに、オレに、生まれ出る可能性の意味を見せてやりたい。
そのために、桜を、イリアを……遠坂を踏みにじってでも。
遠坂の髪を、一度だけ、愛しげに梳いた。
オレは、キミに謝らない。その意思も、資格も無い。
……それでも、キミのことを祈っている。
この世界、恐らく数日以内に士郎もエミヤもアンリも消えるこの世界で、キミに幸多かれと。キミが今度こそ、誰かのために空っぽにされないように。
それは、どうしても捨てられなかった、オレの偽善のささやきに過ぎないのかもしれないが、それでも、祈っているんだ。
「━━━━━━ここまでか。達者でな、遠坂」
別離を告げるその声は、いつかの少年のようだった。
おしまい。
読んで下さってありがとうございました。
またまたアーチャーの中の人の話。
お話の舞台はHF編10日目。アインツベルンの森の戦いのところです。
あれ? おかしいなぁ。
最初はUBW編の話にしようと思って書き出したのですが。ま、こういうこともありますな。
HF編は「士郎が自分のために生きる話」というのが、概ね公式見解となっているようですが。
おれ的にはUBW編の士郎ほど、エゴイスティックな生き方ってねーよな、って思っているわけです。
士郎「てめー、このオレめ!オレめ!オレめ!オレめ!」
アーチャー「何をこの、オレが!オレが!オレが!オレが!」
お前らそんなに自分が好きか、と。ヒロインそっちのけで。
エゴイスティックというのは、別の言い方で言えば、自分でけじめ取るというか、責めを負うということだと思う。
UBW編のアーチャーが、17歳の時点での自分に「偽善だ」と鋭く詰め寄るのは、そこがポイントだからだ。
むしろ、HF編では、「桜が好きだ」の一言で、全部桜の責任にしてしまうような印象でした。桜が「自分が先輩を壊してしまう」という見方は、士郎自身がどう思おうと、確かに、そうなのではないかと思うの。
ただでさえ苦しんでいる年下の女の子の両肩に、自分の生き方さえ上乗せしてしまう、ってどうよ。
「桜だけの正義の味方だよ」って、一見、女に取って都合のいい男。でも、そういう男の卑劣さ、ってあると思う。
HF編で、アーチャーはどうして左腕を士郎に遺したのか。
色んな回答がありうると思います。ただ、UBWを経たオレの中では、アーチャーはめちゃくちゃ自己中な人なんです。
士郎のいかなる奇麗ごとも否定しておいて、でも「奇麗だから憧れた。それは間違いなんかじゃない」って、要するに「好きでやっているんだから、ほっといてくれ」って意味でしょ、そういわれたら納得して刺されちゃうくらい。
自分勝手な欲望しか、動機が無い人だと思う。
だから、HF編でも凄い自己本位な理由があると思ってました。
それで、おれ設定の、実は士郎は人間ではなく、切嗣の願いによって人の子供の姿になったアンリマユ、っていうのを思いついてしまったわけですよ。
士郎の中に吸収しきれなかった、自分自身をなんとかしたかったんじゃないかなぁ、って。桜でも凛でも、イリヤのためでもなく、只もうひたすらに自分、アンリのために。
一方で、その自分の身勝手さをなんとも思っていないわけではない。
恐らく、最も鋭く、厳しく、自分のわがままを責めるのは、アーチャー自身だと思っています。
士郎が「こんな男を自分の理想とは認めない」と言った、アーチャーを認めぬその理想は、恐らく変わらずアーチャーの中にそのまま生き続けている。抱えていればそれだけで溺れ死にかねないほど、それは重い。
それでも、結局、どこまで行っても自分がわがままで身勝手だという現実を否定することはできない。所詮、理想は理想。目指すことはできても、叶えることはできない。
そのことにずっと傷付き続けている人が、アーチャーなんだと思う。
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いいblogですね
読んでしまいました
ありがとう
投稿: Fate stay night同人誌 画像 | 2010年10月28日 (木) 16時20分