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2007年9月11日 (火)

オーディンスフィア リプレイ日記17 「ワルキューレ」第五章━炎の王オニキス━

この章では、半裸の愛称で大人気の炎の国の王様初登場ですが。

この人、って、さぁ。

みんな、ほんとに好きなの?

おれ、この人の人気って、今は昔、某レイザーラモンHG系の、イロモノ系というか。うわっキモ、うげっヤバッ、みたいな反応だと思ってしまっているんだけど、違うのかな。

おれは正直、この人のこと、キモくて仕方ないのでございます。かなり本気で。

 

オーダインも好きになるのが難しいタイプだけど、この人もいい勝負。

えー、なんつうか、男のナルシズムっていうか、自分に酔うタイプの? 一番、厭らしいところが、き出し自分が主演・監督・脚本の劇を、自分という観客の為に熱演し続けているみたい、っていうか。

キモいよぉ。おれ、涙目です。

自惚れという点では、おれもそれなりに人後に落ちないつもりでしたが、いやあ、かなわないなぁ。

言い訳するわけじゃないけど、人間、多少のうぬぼれとか思い上がり、って可愛らしさだと思うんですよ。だから、そんなに神経質に謙虚ぶることもなかろう、って思っています。

それでも。この男はちょっと、ひくなぁ。

まあ、まだこの時点「ワルキューレ」で初登場した限りでは、印象は違ったんですけどねぇ。

しかし、「死と闇黒の剣」でのこいつ(こいつ呼ばわり)はさ。なに、「目覚めれば飛び去るだろう、ならば眠らせたままこの手の内に」って。キモっ。腰抜けすぎる。っていうか、まさにヘタレ。

本当はオズワルド編に入ってから書くべきことだけど、ま、所詮はうちのリプレイ日記だから許してください。書きたいから書きますよ。

おれ的には、グウェンドリンへのシンクロ率は減衰せぬままストーリーを突っ走っている訳です。だから、自分が寝ている間にいいようにされている、って、ちょっと、本当に気持ち悪い。生理的にどうしても許せない。仮に一指と触れていないとしても、気持ちの上ではレイプされているみたいな感じですよ。

いや、マジ、お前の言ってることは、ストーカーや痴漢の言い訳だから、オニキス王。腹立つわぁ。人のこと、なんだと思っているのか、と。

 

いかん興奮してしまったよ。落ち着くんだ、自分。

しかし、なんだろうな、セクハラ的発言としてはブリガンの方が露骨だったんだけど、なんか、まだブリガンの方が許せるのはなぜだろう。

まあ、ブリガンは、別に発言に限らず、存在自体が卑猥だったけども。

ブリガンは見るからに卑猥だから、なんというかな、裏切られ感が少ない。最初から、しょうがないやと思える。

これがオーダインだと。お父様素敵、と憧れればこそ、その身勝手さにひどく傷つけられる気持ちになるわけですよ。落差に傷つく。

 

っていうことは、うーん、実は。正直、おれ、本当は、オニキス王ってタイプなんだよな。

グラフィカルなデザインも熱いし、関智一の情熱的なサド声がまた。オペラ座の怪人系、すこーしあっち行っちゃった風の、若干はた迷惑なノリの恋人、ああ、私このままさらわれてしまうのね(うっとり)みたいな。

「武装錬金」のパピヨンとか、永野のりこの描き続けたメガネ君達とか、これも王子系に次いでおれの大好物タイプですよ。

そんな怪人と王子が奪いあうヒロインが、この、おれ。

くあっ、たまらん、超おいしい。

「あなた次第だ。私のものになるのなら」とあごに指をかけ、うつむくグウェンドリンの顔を上げさせるのですよ。くいっ、とな。

ぞわりと、背筋を這いあがったのは、悪寒だけではない。人妻に気安く手を触れて、私を軽んじるか、という怒りの一方、正直、きゅん、っていうか、じゅん、っていうか。ちょっと感じてしまうものがある。

これがブリガンなら、そもそも手が届く距離にまで近寄らせたりしない。

オズワルド様には決して期待できない強引な男らしさに、嫌よ嫌よと言いながらも、あっ…

じゃねぇよ。

もうすこし、前ならな。オズワルドに「君は物なんかじゃない」と、覚悟を迫られていなければ。

いや、ベルベットと出会わず、父を信じたままでいられたなら。

父の命によって、国の為に炎の王に嫁ぐことを、名誉とも、誇りとも、思えたかもしれない。そして、オニキスの情熱を、おののききながらも嬉しく受け入れて、なんの疑問も持たずにいちゃいちゃべたべたしただろう。「流石はお父様の見込んだ婿がね」とオニキスを慕い、芯から満たされて幸福になれたかもしれない。

 

おれは想像するんだ。結局、グウェンドリンの秘められた願望は、オーダインとの結婚じゃないか、って。

女の子として父親に愛されたい、その願いの行きつく先って、父親とのセックスだ、と、言ってしまったらまずいかな。

グウェンドリンも、どこかでそのことに気づいていたかもしれない。そして、それが、亡き母や姉に対する、恐ろしい裏切りだ、ということも。

前回、グウェンドリンの抜きがたい罪悪感、ってことを書きました。その内訳って、こんな感じではないのかな。って、例の如くおれの想像にすぎません。

グウェンドリンの、性的なもの、特に女性的なものへの嫌悪感。

そして、ブリガン━つまり父親の悪い部分のゴミ捨て場━がひどく猥褻な姿で登場して、しばしばセクハラ的、というか、ほとんど「強姦するぞ」と脅迫するような言動をとる。

彼女の父親への強い恋愛感情と、そして、その気持ちをひどく邪悪に感じて、自分を責めさいなむ罪悪感。この二つの情動の矛盾から、そんなんなったんじゃないの、とか想像しているんですよ、おれは。

本当は、お父さんから女の子扱いされて愛されたい、ってことは、そんなにへんてこなことではない筈だ。ごく普通の、微笑ましい、可愛らしい、子供らしい気持ちだと思う。

なのに、どうして、グウェンドリンの中では、こんなこんがらがり方をするんだろう。不思議。おれの想像の話だけど、グウェンドリンのお母さんと、オーダインとの関係が、なんか反響しているんじゃないのかなぁって。

とか、思っていたら、ちょうどグッバイマイハートでマチコさまが、とても示唆に満ちたグウェンドリン母像を書いておられて、なんというか、勝手に腑に落ちています。そうかッッ!!みたいな。すごく面白かったんで、今度、稿を改めて感想書きたいなぁ、と思っているところなんですけど。マチコさまからもお許しいただいたんで、出来るだけ近いうちに。

 

話を戻します。

そんな、父への欲情と、それへの罪悪感の間で葛藤するグウェンドリンにとっては、父の命じた婚姻、って言うのは、ある種の救いになるんじゃないかな。

政略結婚、父親の野望をかなえる道具に使われる、って、父自身の性欲ではないけど、父の欲望に身を捧げて、心身を蹂躙される、ってことじゃないですか。

マゾキスティックな快感も得られるし、酷い目に遭うことで罰をも受けたような感じになって、罪悪感もすこし和らぐかもしれない。一石二鳥ですよ。

しかし。オズワルドが自由すぎる。彼女なりに思い描く男女の関係、夫婦の関係の枠組みに全く乗ってこない。彼女を従わせようとしない、が、従ってくれもしない。マイペースというか、気儘というか。支配被支配とか、取引とか、交換条件とか、そういうやり方が通じない。

グウェンドリンは、罰されもしないが赦されもしない、宙ぶらりんだ。

 

オーダインとブリガンは、父親を全体として受け入れることが出来ないグウェンドリンが、一人の男性像を強引にイイモノとワルモノに分離した結果の対称関係ではないか、ってのは以前書いた話ですけど。

オズワルドとオニキスも、同じような対称関係ではないか。とかな。

磁力が必ず陰極と陽極を生じせしめるように、グウェンドリンはどうも、自分の情動をそうやって、二つの極の対立として把握する癖がある様子。あるいは、それは自分の内面の葛藤ではないと否認して、誰か別人たちの対立とみなして、世界に向かって吐き出す、そんな子なのかな、とかな。

じゃあ、今度、「磁力」に当たるのは、なんだろう。いろいろあるだろうけど、一つには結婚ってのがあるんじゃないか、と。

隷属、処刑、束縛、なんかそういうイメージとしての結婚。一方、対等な人間同士の、自由な、尊重しあう関係、という意味の結婚。現実は大体、どちらもの要素も同時に孕んで、その中間ぐらいみたいですが。

この章で「あなたも祖国の男たちと同じです」と決めつけられた瞬間、オニキス王は前者の極としての役割を押し付けられている訳です。かわいそう。

 

オニキスもなぁ。どうして、この人はこんなに自分のことが嫌いなのだろう。

「あなたも祖国の男たちと同じです」と、このときのグウェンドリンは言うけど。オーダインやブリガンと決定的に違うのは、オニキス王には自信がない。いや、「自信がない」という自覚があるというべきだろう。

本当はオーダインもブリガンも自信がなくて、自分のことを好きになれなくて、だから「世界征服」とか「王位簒奪」とか、虚しい野望で自分の空虚を埋めようとしているんだ、と。おれは想像しています。

そこが、さすがオニキスは長く生きているだけあって、そんな企みのバカバカしさを、よく知っている。多分、世界の片隅の溶岩の中で、英雄や怪物の栄枯盛衰を見続けてきた。もううんざりしている。そんなものでうずめられる程度の、空虚ではない。

オーダインに「青臭い」と言われちゃうけど、オニキス王としては、本当はどちらが青臭いかと言いたい気分もあったかと思う。

ただ、誰か一人。

世界の終焉も共にしたいと、そんな風に願う相手がいるとしたら。

その前で、国が、世界が、なんだというのか。

永劫の時を孤独に生きて、見渡す限り、自分と、自分の分身たる妹たちと溶岩しかない世界。その、死のような停滞を知らぬ若造が、なにをいうか。

…うーん、そっかあ、自分のこと、嫌いにならざるを得ないかもな。

彼は、自分が終焉の予言に描かれる炎であると知っていた。あるいは、グウェンドリンが、予言に描かれる「母」であることも、察していたのかもしれない。

終焉のバッドエンドルートだけど、オニキスvs.グウェンドリンやると、彼がグウェンドリンの死体を抱きしめるシーンがあった。

まさに、「死」そのものを冀い、身を投げ出して拝跪する様にも見えた。

世界と共にあり、世界と齢を等しくするほど生きて、しかし、世界に関われるのは、ただ、破滅と終焉の時だけなのだ。動けば世界が滅ぶ。彼に可能なのは「死」だけなのだ。

グウェンドリンの、いったい何を彼は愛していたのだろうか、と想像しています。

おそらく、彼女は、オニキスにとって、ずっと怖れていた…そして、待ち焦がれていた。

死。

彼の運命であり、欲望であった、破滅、終焉。そして死。

これは、なるほど、恋い焦がれぬわけにはいかない。

 

でも、さ。

それってやっぱ、自己憐憫にすぎないよ。ストーカーっぽい独りよがりっぷりは同じ。グウェンドリンから見たら、いい迷惑です。

ゲド戦記(無論原作です。いや、映画も好きですよ?)で「人は一人では自由になれない」といった意味の台詞があって。大好きなんですけど。

なるほどオニキスは、自分が自由ではないから、別の誰かも縛り付けようとしてしまう、ってことですか。

 

オーダイン・ブリガンコンビが、足音ズシーンの怪獣サイズだったのに、オズワルド・オニキスコンビは俄かに等身大サイズのイケメンなんですよ。

このあたりが、グウェンドリンの成熟を感じさせるなぁ。

男の人が、ひたすら怖い、不気味ないやらしいものだったのが、ちょっと、こう「ぽっ」というか「きゃっ」っていうかな。

オーダインとブリガンという、相反するはずだったイメージが、「祖国の男たち」という止揚を経て、オニキスのイメージに重ねられ、その過程を通じてようやくオズワルドが反定立できる。

はじめて「私は物ではありません」と、自分から口にする。オズワルドの言葉の意味が理解できる。

おれはそんな風にグウェンドリンの把握の進み方を想像しています。

多分、ここで「私は物ではありません」と思わず口をついた時、初めて、グウェンドリンは、オズワルドに恋をしたと言っていんじゃないかな。

 

でね、さっき、グウェンドリンは、オニキスに、「祖国の男たち」の独善的なイメージを押し付けてる、って書きました。オニキスにも確かにそういう傾きはありそうだけど、グウェンドリンが勝手に、自分の中のイメージを押し付けているきらいがあるんじゃないの。八つ当たりに近いよね。

それは、オズワルドに対しても同じなのでは、って思う。

オズワルドは、自身で言うように「聖人じゃない」。オズワルドがやはり自分で言うように、オニキスと同じような独善性でもって、グウェンドリンを傍らに留めておきたい気持ちがある。でも、グウェンドリンの視点では何か違う気がする。ちょっと理想化し過ぎ、みたいな?

それはおれか。

この、微妙な理解の差を描いているのが、このゲームの凄さだと思うんですよ。

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コメント

もう見ました、面白いですね

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