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2007年8月11日 (土)

オーディンスフィア リプレイ日記14 「ワルキューレ」第四章 ━本当は怖いオズワルド━

二か月以上かけて、一冊目の半分くらいまでなんだ。終焉も含めて六冊と数えると、単純に計算して24カ月、丸二年かかるわけですか。えらいスローペースですな。

まあいいや。

 

というわけで、久しぶりにオズワルド様登場なわけですよ。

特典のアートワークに、オズワルド様は「ジークフリートがモデル」と書いてあったから、グウェンドリンの夫として登場することはまず間違いないと、最初から予想はしていました。だって、そこを外したら、ジークフリートらしさが一片も残らない、じゃない。

でも、本当に夫役で出てくるのを見たら、正直、がっかり、という気持ちがわいたのも、事実。

第一章までこそ、オズワルド様萌えがプレイの原動力でしたが、第二、第三章と進むにつれ、グウェンドリンに感情移入して、閉塞感をともにしてきているわけで。

オズワルド様が好きなだけに。父王による罰として、まさに人生の墓場として描かれる結婚の場面で、墓守のような役割で登場してほしくなかった。

どっちかって言うと、解放者として颯爽と助けに来てほしいわけですよ。アテュアンの墓所に忍び込んできた、ゲドみたいに。

最初プレイした時には想像したものですよ。

グウェンドリンが解放されるにしても、オズワルドの助けは借りられないのかな、とかさ。ロビンソンクルーソーみたいな、孤高の自由へ至るのだろうか、と。この時は。厳しいなぁ、って思いました。おれ自身は、そんな近代的でプラスティックな「単体で自立した人間」というイメージに説得力を感じないんですけど、思春期には「自分の力だけで」と非常に強い自負心があることが多いし、ま、所詮はテレビゲームだからなぁ。みたいな。そういう年齢層への商売か。まあ、若いうちは、そのくらい力みかえっているくらいが、好もしい。

さらには、ひょっとして、オズワルド様が本当に「理想的な夫()」像になってしまい、きわめてキショい共依存関係に陥ってしまったりするのだろうか、と考えて暗澹としたりね。大島弓子とかがときどきそういう怖い展開になるよね。甘い筈のストーリーを、怖く感じさせるのが大島弓子の凄さだと、おれは勝手に思ったりしていますけど。

しかし幸いなことに。おれの予想は甘かった。

このゲーム、そんなもんじゃないわけですよ。その程度の、自立か依存の極端なあり方を考えてしまう辺りが、おれも近代的にデジットな思考に毒されていると思いましたよ。

 

さて、そんなこんなで、おれは想像します。

グウェンドリンは確かに追い詰められ、窒息しかけていて。彼女を押し殺しつつある状況に怒り狂っている。

でも、彼女は、そういう自分に酔っているところもあった。

悲劇のヒロインとして「なんて冷たいお父様、私はこんなに健気なのに、振り向いて下さらないお父様が全て悪いのだわ」と陶酔の中に住んできた。

それが苦痛をもたらすとしても、ご主人様にかしづくことが喜びのMっ娘、なんじゃないの。とおれは思っていて。

ファシズムとは独裁者によってもたらされるのではない。それ以外の全てのウィリングスレイヴによって形作られるのだ、とは、誰の謂でしたか。いろんな人が似たようなこと言っていると思うけど。なるほど、軍事独裁体制のラグナネイブルの姫にふさわしいウィリングスレイヴ、望んで奴隷の悦楽に沈もうというわけです。

 

だから、オズワルドにも、冷酷で残忍なSご主人様の役割を期待している。

「運命の神は私に苦難を課せられた」ばっちこーい、みたいな。

しかし、オズワルドは乗ってこない。

優しくする、だけにとどまらず、サイファも、ティトレルの指輪も、すべて与えて、あまつさえ城を留守にして、一人で考える時間さえもたっぷりと。

グウェンドリンは「私は支配される囚人にすぎない」と思いたがる。しかし、武装も外出も思うがままなんて囚人がどこにいる。オリバかよ。

明らかに、ラグナネイブル時代より彼女に課せられたものは減り、選択肢は増えている。

これはむしろ嘗てない「自由」なのではないのかな?

どうして「囚人」と思うんだよ、グウェンドリン。

 

グウェンドリンにしたら、不気味だろう。使い物にならなくなったワルキューレは国家のしきたりによって凌辱される。彼女は自ら望んで、その運命に身を投じたというのに。

オズワルドが何を考えているか分からない。

そこで「自分が父を慕うように彼は私を思っている」と思いつくのが、精一杯。つまり、彼もMっ子で、S女王様としてグウェンドリンに蹂躙されたがっているという理解。

いやー、どうかね。いや、グウェンドリンが、この時点で、人から向けられた好意を、そういう風に考えてしまうのは無理はないと思うけど。引き出しがない子だからね。

でも、どうかねぇ。

槍も、後のアクションシーンで分かるけど、ワルキューレの装備も、全て、手元に。イルリットの森へも、ホルン山にも、もちろん実家にも、外出し放題。

その状況を作りだしたオズワルドの気持ちと、グウェンドリンが父を慕う気持ちが、同じだろうか。おれは、大事なところがかなり違うと思うんだけど。

グウェンドリンは、だって、父親に応えてほしがっていたじゃない。父親を縛ろうとしていた。自分が望むような父親になって欲しいと、ずっと、ずっと、求めていたのではないの。

オズワルドは、何も、求めていない。

ってのは言い過ぎだな。求めてはいる。でも、なんか違うじゃない。オズワルドは、グウェンドリンに愛されたいわけではない。いや愛されたい気持ちもあるんだけどさ。うーん。どう言えばいいかな。

オズワルドが「君の笑顔を見たい」と言った時。それは、本当に、ただ、それだけの意味なんだよ。

おれが、彼をポエマーと思わないのは、そこんとこなんだ。発言には何の暗喩もなく、含意も、下心もない。食卓で「そこの塩をとってくれないか」とでも言うように、単純率直に、本当に、ただ、グウェンドリンの笑顔が見たいんだよ。

グウェンドリンが、ただ、グウェンドリン自身として、自由に、のびのびと。心から。自分自身の為に。笑う顔を、彼は見たいだけなんだ。

というのは、まあ、おれの想像にすぎませんけども。

 

しかし、そういう想像は、無論、グウェンドリンはしない子です。

自分自身の自由の責任でさえ、重くて持ちかねる。だからお父さんに抱えてもらいたい。同じように、夫も、誰かに(自分に)抱えてもらいたがっているかのように、感じたら。この上、夫の気持ちにまで、責任を負わなくてはいけないのか。

重すぎる。

なによ、だからあなたを好きになれ、とでも言いたいの。私にどうしろというの。ええ、いいわよ、私はあなたの物ですから、なんでもお命じになるといいわ。

決断の責任を、命じる立場を、夫に投げかえそうとして、必死の抵抗、おれにはそんな風に感じられるんです。

しかし、夫なる人は、何も言わない。主導権の押し付け合いなど、興味はない。

むしろ、問う。

「君は物なんかじゃない

…そんな扱いは誰にもさせない」

君自身にも、だ。オズワルドの厳しいまなざしはそう告げる。

おれには、明らかな問いに感じられる。

君は物ではない。

分かっているだろう? 物のふりなんかやめて、本当のことを言ってごらん。

君は、一体、何者なんだい?

何を望む?

何を喜ぶ?

何のために、生きている?

なんという、恐ろしい問いだろう。疑問形で発してさえくれない突き放し方が、めちゃめちゃ怖い。

グウェンドリンが怖さのあまり居ても立ってもいられず、命令してくれた昔のご主人様のところへ逃げ出したくなる気持ちが、凄く分かります。

 

しかし、怖いばかりでも、実はない。

ホームポイントで、操作の手を離して数秒すると、グウェンドリンが、片手をあげて、その指輪をぼんやり眺めるじゃないですか。

些細だけど美しい動き。うっとり見とれているようにも、怖がっているようにも、苦悩しているようにも、うっとおしがっているようにも、見える。控え目な動きに多彩な感情が込められる、素晴らしいアニメーションだと思いました。

動揺している、と、小鳥が言うように。

はじめての、自由。

君の喜ぶ顔が見たい、と彼は言った。

なんだろうか、この気持ち。恋や愛ではない。あるはずがない。…でも。なんだろうか、この気持ち。

「わ、私は戦士」と頬を染めて強がる彼女の気持ちの中、怖さだけということはないでしょう。でも、そんな気持ちがある、ということ自体は、とても怖い。

 

ヴェルレーヌの詠う恍惚と不安の両極を垣間見て、耐えきれなくなって実家へ帰るMrs.アンチェイン。

気持ちが不安定になると、とりあえず暴力をふるいに行く、という直情径行さ(直情径行で済ませていいのだろうか)が、彼女の筋肉バカのイメージを固めて行くのでしょうか。え、そんなイメージはないですか? そっかなぁ。おれだけか。

しかし、実家に戻っても、これまでと同じことの繰り返し。

オーダインにブリガンが憑依しているという、ファンタジーならではの演出が、イメージを明快にする。改めて父王を倒して、ブリガン霊を払ったところで、やはり何も変わらない。

「オズワルドを導いたことはやはり正解であったか」と己が知恵誇りする父王の理屈は、その直前、同じ肉体を借りて「その羽根をむしり取り、お前の魂を玩具にしてやる」と言ったブリガンと、寸分違わず、じゃないですか。

ブリガンは妄想しているだけだけど。実際にワルキューレの羽根をむしり取り、戦士としての彼女に屈辱と死を与え。眠っている間にオズワルドに与え、その指輪を奪わせようと企むなど、彼女を玩具のように操っているのは、父王オーダインその人だよ。

もはや、グウェンドリンも、悪いのはブリガンだけ、とは、もう言えない。実はオーダインの中にもブリガン分が含まれている、いや、ブリガンよりもなおブリガン臭いかもしれない。

ここで、親元を離れるにあたり、グウェンドリンが「王が天と共に健勝であられますように」と、爽やかに一礼するところが印象的でした。昔、ドラという仮名で知られる少女が、主治医に、鮮やかに挨拶して去っていった話があったのを、連想します。ああ、確かに、これは巣立ちなんだなぁ、っておれは思います。怒りや悲しみのあまり叫んだりとかしているのなら、それはきっと、まだ、甘える気持ちが有り余っているってことなんですよ。

オズワルド編で、叫ぶオニキスに、非礼を詫びて、一度だけあなたの為に剣を振るおう、と約束するオズワルドの感じとも、何かが通じるような気も、したりしてみたりしてとかな。

 

オズワルドが、自分の為にワーグナーを斃したことを、彼女はどう感じたのか、とか、まだいろいろ想像が膨らむのですけど、それはまた今度書きます。

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