三人吉三
ちょっとオーディンスフィアを離れるけど、見てきたんですよ、コクーン歌舞伎。
そう、あの「上海バンスキング」で知られる串田和美氏が演出し、中村勘三郎が主演する、例のアレです。
もう先週の話ですが。
おもしろかった。
実は2003年の「夏祭浪花鑑」も見に行ったんですけどね。それもすごい面白かったけど、ただ、ストーリー的には、ごちゃごちゃし過ぎというか、正直、あんまり。でも演出がすごかった。このストーリーをこんな風に描けるのか、と、本当に驚かされました。
しかし、今年は、脚本自体がすごいんですよ。
「三人吉三」。黙阿弥という人が1870年に書いたんだそうですが。それをほとんどいじらずに使っているというのだから(出演者の名前に引っかけたギャグとか、変更しているところは多少あるようだけど)。何者だ、この作家。
いや、黙阿弥です。超有名なひとらしいです。無学でお恥ずかしい、しかし、本当にすごかった。
ものを知らんおれも「こいつは春から縁起がいいわぇ」という台詞ぐらいなら、聞いたことがある。その元ネタがここだったんだね。しかし、まさか、ここまで凄いセリフだと思ってもみませんでした。これは、覚えちゃうよね、つい真似しちゃうよ。
中村福助演じる、「お嬢吉三」、女装の美少年盗賊、という、どこのラノベかよ、みたいなケレン味あふれるキャラクターのセリフなんですけどね。
前触れなく登場してきて、貧しい夜鷹の美少女に、「女」と思わせて警戒を解かせて近寄って、そして金を奪い、もみ合ううちに夜鷹は大川に落ちて溺れてしまう。「かわいそうに」と言いながらも、助けようとするでもなく、人を呼ぶわけでもない。
そして、様子をうかがっていた商人が「その金を渡せ」というのに反撃し、かえってその手から、美しい脇差を奪って追い払う。「臆病な奴らだなぁ」とせせら笑う。
そこへ、どこかの商家からか、節分を祭る穏やかな声が聞こえてくる。
秩序と節度が保たれた、日常の声、ですよ。ちゃんとしたお父さんがいて、優しいお母さんがいて、おだやかで、温かい。そんな感じの声なんですよ。
大川にせり出した桟橋の上で、一人その声を聞く、少年盗賊。
孤影凄愴。そこでセリフですよ。
ほんに今夜は節分か。
西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし。
豆沢山に一文の、銭と違って金包み。
こいつァ春から、縁起がいいわへ。
チョーンと決まって「成駒屋」の声がかかる名場面。福助が、男の声ではない、しかし女形の声でもない、中性的で透明な声で、ほんとに無邪気に、楽しそうにやるんですよ。
ああ、でもさ。
縁起がいいわけ、ないだろう。
得意げに嘯く少年に、そう話しかけたくなって、でも言葉につまる。
同じ夜、一方で、戸板一枚向こうに家庭の団欒がある。少年は、春先、まだ寒い時分に、江戸の町の街灯もない暗い夜道に、たった一人。殺して、奪って。息をするごとに悪をなす。そんな生だ。
しかし、彼には分らない。本当に、その悲惨さがわからない。強がりでも、皮肉でもなく、彼は心から自分の幸運を喜んでいるのだ。
残酷な、無知の幸福。
この場面までの20分以上、殺される側の夜鷹の、切なさ、悲しさ、そんな金を持っていた事情、丁寧に描きこまれてきただけに、なおさら、このシーンの恐るべき断絶が鮮やかだ。
ここまでだけでもすごい、と思って観ていましたが、しかし、黙阿弥は容赦なく進む。
少年は、出会ってしまう。ほかの二人の吉三に。信頼できる兄貴分たちに出会い、そして、自分がこれまで、誰も信頼できなかったことに、気が付いてしまう。
初めて、喪失、ということの意味を知る。
初めて、自分がこれまでしてきたことの、意味を知ってしまう。
不条理なことは起こらない。むしろ、被害者にとって不条理な災害であった筈の悪人たちが、当然の報いを受ける、というだけのこと。
どうしようもなく追いつめられていった三人が、雪の街で、捕り手に囲まれて、もはや逃れられないとお互いに刺し違えて命を絶つ。
雪の中で折り重なって倒れ伏す「お嬢吉三」の福助と「お坊吉三」の橋之助、その二人の遺骸に、自分も腹を切りながら袢纏をかぶせてやる「和尚吉三」の勘三郎。
このとき天を睨む勘三郎の瞳の演技がいい。恨みはない、否やはない。天網恢恢疎にして漏らさず、因果応報。しかし、しかし、何故なのか。
このシーンは特に美術が圧倒的に美しいし。雪が。もう、雪がね。
三人のフィギュアをつくって、スノーボールにいれたの売ってたら買うね。
っていうか、これが書きたかったのです。
だれか作ってほしい。買いたい。3000円くらいは出しますよ。コクーンシアターも、そういう商品展開を考えるべきですよ。
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